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ボーカル・ウォーミングアップの科学を調べてみた 2 -クールダウンとは?
第2話:ウォーミングアップとクールダウンの科学的メリット 声を「温める」ことと「冷ます」ことの両輪 ウォーミングアップは歌うための準備。 一方、クールダウンは歌った後の回復のための発声です。身体の筋肉と同様に、声の使用後にも「ゆるやかに収束させるプロセス」が必要であることが、近年の音声科学で明らかになってきました。 声は筋活動・血流・粘膜の協調によって成立する精密な運動です。それゆえ、過剰な使用の後に“何もせず止める”ことは、激しい運動後にストレッチを省くことと同じくらいリスクがある。声帯粘膜や外喉頭筋群が緊張したまま睡眠に入ると、翌朝の発声立ち上がりが重くなり、音域や響きに影響を及ぼします。 本章では、クールダウンで実際に起こる生理的変化、研究による効果、そして桜田が現場で観察してきた回復プロセスを紹介します。 さらに後半では、英国Voice Care Centreなどでも注目されるサーカムラリンジャル(ボーカルマッサージ)を、クールダウンと並ぶ回復手法として位置づけ、科学的根拠と実践的意義を考察します。 クールダウンとは何か? その… 続きはこちら≫
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ボーカル・ウォーミングアップの科学を調べてみた 1 -何が起こるのか?
第1話:ウォーミングアップで何が起こるのか? あなたは歌う時にウォーミングアップをしますか? 桜田ヒロキ個人的には20代の頃から、ウォーミングアップが必須でした。ウォーミングアップなしでは高い声も詰まりますし、ピッチが悪くなります。なので、個人的には若い頃から今までウォーミングアップは必須です。 中には全くウォーミングアップを必要としないシンガーもいます。ただ、傾向としては多くのシンガーが年齢を重ねる毎に徐々にウォーミングアップの重要性に気づいていくようです。 ウォーミングアップを終えた時、実際に喉頭や声帯では何が起きているのでしょうか? 多くの歌手は「声が軽くなる」「高音が出やすくなる」「響きが整う」と感じますが、それがどのような生理的変化によって起こるのかを理解している人は多くありません。 本稿では、ウォーミングアップの科学的背景を整理し、研究で示されている生理変化と音響的効果を解説します。 さらに、桜田が現場で観察してきた「声の立ち上がり」「共鳴位置」「筋の再キャリブレーション(調整)」に関する臨床的視点も交えながら、歌手にとってウォームアップが… 続きはこちら≫
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ビブラートの科学4 – ビブラートの消失と再獲得
第3章:ビブラートの消失と再獲得 ― 声の健康とリハビリの視点から ビブラートは、声が健康に働いているかどうかを示す「指標」のひとつといえます。 第1章「ビブラートと言う物理現象」ではそのメカニズムを、第2章「ビブラートのトレーニング方法」では安定した揺れを育てるトレーニング法を取り上げました。 そしてこの第3章では、ビブラートが「失われる」とき、声の内部で何が起こっているのかを整理し、その再獲得の道筋を探ります。 多くの歌手が「ビブラートがかからなくなった」「以前のような自然な揺れが戻らない」と感じるとき、そこには単純な技術的要因だけでなく、喉頭の筋緊張や粘膜の変化、さらには神経系の働きが関係していることがあります。 このような変化は、短期的な声の酷使や炎症から、慢性的な過緊張、加齢にともなう筋萎縮まで、非常に幅広い要因によって起こります。 ビブラートが生まれる仕組みを「反射」や「自動調整」として捉えると、その消失は「声の自律的な揺れ」が止まった状態だと考えることができます。 言い換えると、声帯が正しいバランスで動くためのフィードバック・ループが… 続きはこちら≫
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ビブラートの科学3 – スタイルと表現で使い分けるビブラートの技術
第3章 スタイルと表現で使い分けるビブラートの技術 前章 ビブラートのトレーニング方法で述べたように、自然なビブラートは身体の協調によって「現れる」ものです。 しかし、音楽表現の中では、その揺れをどのように“使うか”“使わないか”という選択が求められます。 ビブラートは単なるテクニックではなく、スタイルや感情の一部としてコントロールされる表現要素です。 この章では、クラシックとCCM(Contemporary Commercial Music)におけるビブラートの使われ方の違い、フレーズ末尾での変化、ミックスボイスでの安定性などを中心に、ビブラートを意図的にデザインする方法を解説します。 自然な揺れを「制御」する段階へ 前章 ビブラートのトレーニング方法でのトレーニングを経て、ビブラートが自然に発生するようになった段階では、次に「その揺れをどのように使うか」を考える必要があります。 ここで大切なのは、“自然発生したビブラートを止めたり変化させたりする”ことは、無理に揺らすよりも難しいという点です。 僕の師匠の一人、セス・リッグスもエクササ… 続きはこちら≫
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ビブラートの科学2 – ビブラートのトレーニング方法
第2章:自然なビブラートを育てる基礎トレーニング ビブラートは無理矢理「作る」ものではなくボイストレーニングや歌唱の中で「育てる」ものです。 声を意識的に揺らそうとすると、喉頭が固まり、声門閉鎖が不安定になってしまいます。 しかし、声区・呼吸・聴覚が協調して動くようになると、身体は自然に周期的な揺れを作り出します。 その揺れこそが、音楽的に美しく、聴き手に安心感を与えるビブラートです。 この章では、ビブラートを安定させるための基本的な練習方法を紹介します。 どれも筋肉を“揺らす”ためのものではなく、協調性とタイミングを整えるためのボイストレーニングです。 発声の自動制御が十分に育つことで、身体は自然と“ちょうどよい周期”で揺れるようになります。 [caption id="attachment_1743" align="aligncenter" width="170"][/caption] 安定したビブラートの前提条件 安定したビブラートの基礎には、声帯をコントロールする二つの主要筋肉、輪状甲状筋(CT)と甲状披裂筋(TA)のバランスが… 続きはこちら≫
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空気の流量と声門下圧のバランス ― 効率的なベルティングとは?
Airflowと声門下圧のバランス ― 効率的で安全なベルティングの鍵 歌声における声量は「力」ではなく「戦略的な設計」で成される 多くの若手歌手やミュージカル俳優が「声量を出せば良い声が出せる」「大きな声=良い声、響く声」と信じています。 しかし、実際に研究を調べたり、桜田のスタジオで観察している限り、この考え方は誤解を生みやすいものです。 ごく一部のプロフェッショナルシンガーでは、爆音に近い声量と美しい響きが両立しています。 しかしそれは、発声システムが非常に緻密に設計され、呼吸圧・声門閉鎖・共鳴が最適化された“例外的な個体”に限られます。 これはいわゆる先天的に”声を持っている”人に限定される可能性が高く、それ以外の歌手はなんらかの方法で、その声に近づけるように努力をする必要があります。 若手シンガーが「大きく歌おう」として声門下圧を上げすぎると、 声帯に過剰な衝突ストレスが生じ、先ず音色が崩壊します。そして短期間で疲労・炎症・嗄声を招くことが少なくありません。 実際に桜田の現場でも、ミュージカル志望の若手俳優が「もっとパワーを」… 続きはこちら≫
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シリーズ総括! 結局ミックスボイスって何?
結局ミックスボイスって何?― 声区・音響・筋肉の科学から解説 「ミックスボイス」という言葉は、今やボイストレーニングの現場でもっとも多く使われる用語のひとつです。 しかし実際のところ、ミックスボイスとは何を意味するのか、その定義は人によって大きく異なります。 地声と裏声の“中間”という説明だけでは、歌唱時に起こっている現象のごく一部しか説明できません。 このシリーズでは、声帯振動(source)と声道共鳴(filter)の両面から、ミックスボイスを科学的・生理学的に整理し、歌唱・教育・リハビリテーションの視点から多角的に分析しました。 ここでは全9話の要点を振り返りながら、シリーズ全体の流れをひとつの“発声理論地図”としてまとめます。 第1章:ミックスボイスとは何か? ― 定義と誤解 「地声」「裏声」「ヘッド」「ファルセット」などの言葉が混在することで、学習者の混乱が生じやすくなっています。 ミックスボイスを理解するためには、まず用語の共通認識と言語の擦り合わせが欠かせません。 桜田は現場で「地声」「裏声」といった音の結果をイメージ… 続きはこちら≫
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結局ミックスボイスってなに?第9話:ベルティングの実践法
第9話:Cストラテジーの実践 ― F₂主導のあ母音と音量制御の科学 ベルティング(Cストラテジー)とは何か 現代ポップスやミュージカルのベルティング唱法を科学的に説明しようとしたとき、避けて通れないのがRichard Lissemore氏、論文内のCストラテジーという概念です。これはRichard Lissemore(2019)が提唱したA〜Dストラテジーモデルのうち、F₁(第一フォルマント)がf₀(基本周波数)より下に位置する声道設計を指します。 言い換えると、声帯の基本振動(source)と声道の主共鳴(第1共鳴/filter)が整合しない状態で、代わりにF₂(第二フォルマント)を主たる共鳴源として利用する発声法です。 クラシックの発声がF₁主導で声帯のエネルギーを声道が補助するのに対して、Cストラテジーでは声帯が自律的に振動し、声道はその結果を整える音色デザイン装置として機能します。この違いが、クラシックとCCM(Contemporary Commercial Music)の音響的・生理的な最大の分岐点となります。 つまりCストラテジー(ベルティング… 続きはこちら≫
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機能性発声障害と歌手のためのボイストレーニング シリーズ総括まとめ
機能性発声障害と歌手のためのボイストレーニング ― シリーズ総括 歌手にとって声は単なる楽器ではなく、自身の存在そのものを伝える表現手段です。 しかし現実には、多くの歌手が声の不調に悩み、時にはキャリアを左右する重大な局面に直面します。 「高音が出にくくなった」 「声がかすれて思うように響かない」 「ステージに立つと急に声が詰まる」 こうした訴えを持ちながら病院に行くと、「検査上は異常なし」と診断されるケースが少なくありません。 器質的な病変が見つからない一方で、歌唱における深刻な困難が続く。これが機能性発声障害と呼ばれる領域であり、歌手に特有の課題です。 本シリーズでは、全8話にわたり「歌手と機能性発声障害」をテーマに取り上げました。 ここではその総括として、各話を振り返りながら全体像を整理していきます。 第1話:発声障害とは?歌手が知るべき基礎知識 第1話ではまず「発声障害」という言葉の整理から始めました。 大きく分けると、声帯に結節やポリープといった物理的な変化が生じる器質性発声障害と、構造に… 続きはこちら≫
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歌手の機能性発声障害 第7話:機能性発声障害における統合的アプローチ
第7話:機能性発声障害における統合的アプローチ 歌手や声優の発声障害をサポートしていると、しばしば痛感するのは「一人の専門家だけでは十分に対応できない」という現実です。器質的な異常がないケース、検査では「異常なし」と診断されるケース、そして歌唱でのみ深刻な支障が現れるケース——これらは機能性発声障害と呼ばれ、日本でも診断名として一般的に用いられています。 しかし、この診断名だけで治療や支援の方向性が明確になるわけではありません。むしろ問題はここから始まります。歌手にとって求められる声のレベルは、日常会話を超える非常に高度なものだからです。本稿では、機能性発声障害に対して有効とされる統合的アプローチについて整理し、医師・言語聴覚士(SLP)・ボイストレーナーの役割を比較しながら考えていきます。 1. なぜ統合的アプローチが必要か 機能性発声障害の厄介さは、診断や評価の曖昧さにあります。器質的疾患(声帯結節やポリープなど)であれば診断名がつきやすく、治療方針も比較的明確です。ところが機能性発声障害は、ストロボスコピーでも決定的な異常所見が見つかりにくく、… 続きはこちら≫





