The Greatest Showman「Never Enough」 ベルティング発声を音響解析

ここまでのSinging Voice Scienceの知識を使って実際にベルティング発声を音響解析してみようと思います。
まだ音声学の基礎知識が無い方は「裏声 / 地声発声時の喉頭原音を音響解析」まで戻って順番に読んでいけば分かりやすいと思います。

今回はThe Greatest Show manの劇中曲。Loren Allred 「Never Enough」を音響解析をしてみます!

2:04の「For Me」の「い」母音 ベルティング発声時に音響解析をしてみようと思います。

解析において必要な情報

・どの音程を歌っているのか?
音程が決定されると、基音〜すべての倍音が決定されます。

・どの母音を歌っているのか?
母音がわかれば、共鳴腔がどんな形をしているのか?それによってどんな共鳴特性があるのか?が分かります。

さて、ここで質問です。
Loren Allredは2:04の「For Me」のMeの瞬間に歌っている母音は本当に「い」母音でしょうか?
ほぼほぼ「え」母音を歌っているように聞こえるのではないでしょうか?

これはActive Vowel Modification(歌手が主体的に母音を変更すると言う意味)と言って、シンガーが主体的に歌唱母音を変更する技術を使っています。
今回の「For Me」の母音変更は、かなり顕著に聞こえますが、この技術は全ての歌手が使う技法です。
ある歌手は、外で聞いていても母音の変更がわからないレベルで行いますし、今回のNever Enoughのようにより顕著に母音変更を行う歌手もいます。

簡単に言えば、話す時よりも、歌う時の方が口を大きく開けますよね?
「口を大きく開ける」と声道の共鳴周波数と放射特性が変わる事を意味します。
ですので、技術の差は人それぞれではありますが、これを読んでいるあなたもActive Vowel Modificationを行っていると言えます。

発声法と倍音の関係性

こちらが「Me」を伸ばしている瞬間のスペクトラムです。

今回は右側の図を見てみましょう。

下から554Hz(歌っている音程)。1109Hz(第2倍音)。1568Hz(第3倍音)。
これを見ると第2倍音が最も強く発せられているのが分かります。

これは典型的なベルティング発声の技法と言えます。
以前のブログ「歌声における共鳴と母音による音色の聞こえ方について」の中の「第1共鳴に2つ以上の倍音がある場合(Open Timbre)」の技法を使っています。

この発声の場合、第1共鳴の中に2つ以上、(第3倍音は若干減衰していますが)第3倍音まで第1共鳴の中にあると考えられます。

ちなみにこの高さになると、倍音と倍音の間の周波数が非常に広いため「共鳴周波数はここにある!」とは言いづらくなります。
スペクトラムは倍音が増幅している周波数から共鳴している周波数を表示しますので。。。
予想は出来ますが、、、。

Loren Allred のNever Enoughにおける共鳴技法

Loren AllredはNever Enoughの中で「For me」の「い」母音を歌う時の手順は下記の通りと考えられます。

・い母音をえ母音に変更
「い」母音の共鳴周波数は、女性でF1(第1共鳴) 300Hz,で第1共鳴の周波数が非常に低いと言う特性があります。
歌うピッチが554Hz(C#5)と非常に高く、これでは歌うピッチ(基音)すら増幅する事は出来ず、第1共鳴は共鳴腔としての役割すら果たすことが出来ません。
そこで、Lorenは「い」母音を「え」母音に変更します。

え母音に変更する事により、F1(第一共鳴) を600Hzまで持ち上げる事が出来ます。
ただし、これだけでは第2倍音の1109Hzまで遠く及ばず、さらに500Hz以上第1共鳴の周波数を上げる必要があります。
そこで,,,,

・共鳴腔をさらに短くする
声道を短くしてF1(第1共鳴)の周波数を上げるためには下記の方法が考えられます。

1 喉頭をあげる
声道は声帯から唇までの距離ですので、声道を短くする最も分かりやすい方法は「喉頭を上げる」です

2 顎を開き、唇を上下+左右に拡げる
唇が開けば、唇の両サイドから声帯までの距離が縮まります。
これにより声道が短くなり、結果的にF1(第1共鳴)の周波数を上げる事が出来ます。

声道は複雑な形状をしているので、他にも要因はありますが、大雑把に言うと、「この2つの動作の限界値=その歌手のベルティング発声が出来る限界の高さ」と言う事が出来ると言えます。
※もちろん声帯の運動能力も影響しています。


※C5と書いてありますが、この写真の時の歌唱時は半音下げで歌っていました。
Never Enoughの「For me」の歌唱時のLoren Allredの口の開き方に注目すると一目瞭然ですね。

顎、唇の動きは地声での高音発声にはすごく重要で「どこまで顎を開けるか?どこまで唇を開けるか?」と言うのは訓練による発声の熟練度もありますが、生まれながらの器質にもよります。
口が大きく、さらにそれを上下左右にひっぱる事が出来る、、、と言う事が、高音発声に重要、、、となると予想される顔の形状は、、、、
口が大きくて、顎の大きなベース顔
となります。

そう考えると、Loren Allredはどちらにも当てはまっていそうですね・・・!

シンガーズ・フォルマントは?

そのうち、お話ししますがSinging Voice Scienceの世界で3000Hz〜6000Hzくらいの音量を持ち上げる事により、人間の耳に鮮烈によく聞こえるようにする技法で、Singer’s Formant(うたごえフォルマント)と呼ばれる歌手特有のフォルマントがあります。
男性の声楽家が使う方法として有名な技法ですが、今回の音源ではどうでしょうか?

3332Hzの倍音を計測すると-31dB。第2倍音の1109Hzは-11dBですので20dB以上の差があります。
音圧差で言うと約10倍の違いがあり、シンガーズ・フォルマントをガンガン鳴らしているタイプの歌唱法ではなさそうです。

最後に

いかがでしたか?

Loren Allred のNever Enoughの中で「for meじゃなくて、フォーメー」に聞こえるな。。。と気付いていた方は多いと思います。
実はそれには物理的な理由があると言う事、そしてさらに口を大きく開けると言う、当たり前と言えば当たり前の事を技術として行っている事にも理由があるのが分かってもらえたと思います。

今回は音響解析を行っていますので、あくまで「出力された結果」を見ている事を忘れてはいけません。
歌手達は音響解析では見えないような、声帯のコントロールを行っており、日頃の練習を行っているのです。

さ、今日も練習練習!ボイトレボイトレ!ですね!

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター

アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。

所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
Singing Voice Science Workshop

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