声楽・裏声発声から地声の習得方法を科学的に解説

「裏声発声は出来るけど、地声発声が苦手なので、克服したい!」
桜田ヒロキのレッスンを受講の方で最もご希望の多いレッスンメニューです。

声楽、オペラ、合唱を歌ってきた女性で、
「裏声(頭声、レジット)は出来るけど、地声を習った事がない。」
「クラシカルな高音は得意だけど低音や地声的な高音発声が苦手・・・。」
そんな方、特に女性に多いのではないでしょうか?

今回は動画を観ながら効果的なトレーニングメニュー。
そしてその根拠を科学的に解説してみようと思います!

頭声・裏声発声は声帯の上皮〜靱帯層を使った発声

解剖学的に観る声帯の運動パターンとボイストレーニングへの応用で詳細解説をしていますが、頭声や裏声発声は声帯の筋肉層を強く使わず、声帯の上皮や靱帯を使って発声していると言われています。

この図は歌唱に適した地声の発声時の声帯の断面図になります。
声帯の内側に走っている筋肉(声帯筋・甲状披裂筋)に適度な力が入っているため、声帯を四角型に近い状態に維持出来ています。
これにより充分な声門の閉鎖を行う事が出来ます。

例えるなら、輪ゴムを弾いて音を出すのに、
輪ゴムが自ら縮もうとする力が働いているため、張りのあるビンっと言う音を作る事が出来ると考えればよいと思います。

地声発声修得を目指す方は、この状態を目指して訓練すれば良いわけです。

対して、裏声の発声時の声帯はこちら。

声帯筋・甲状披裂筋にあまり力が入っていないため、声帯は上部にある、上皮〜靱帯層を中心として振動しています。

地声発声時の声帯と比べると、圧着する面積が小さく、地声と比べると力強くはない、いわゆる裏声になります。
地声発声時の輪ゴムの例えで言えば、張りの弱い輪ゴムをイメージすれば分かりやすいかもしれません。
(ただし裏声は一定の高さに達すると強いエネルギーを作る事ができます。女性の声楽家の高音をイメージすると良いと思います。)

地声発声は声帯の閉じる時間が長い

E G G(エレクトロ・グロトグラフィ)という機械を使って声帯の閉じる時間を測定すると、地声と裏声で声帯の閉じている1サイクルあたりの長さが大きく異なる事はわかります。

現代音楽においての声門の密着時間(女性 D5の音)を検証した結果がこちらになります。

この図を見比べると、声楽家は1サイクルあたり声帯の閉じている時間を35%(裏声)から45%〜55%(ミックス〜ベルティング)まで上げる必要があります。
声門の閉鎖時間を10〜20%上昇させると言えば簡単そうですが、これがなかなか難しい。。。
これが簡単であれば、誰でも簡単にベルティング発声が出来てしまうわけなので、、、と考えたら難易度が高い事は理解いただけるかと思います。。。

E G G(エレクトロ・グロトグラフィ)について詳細はベルティング発声解説のブログをご覧下さい。

声帯に張りを作るために甲状披裂筋を強制的に使わせる

主に地声を担う甲状披裂筋(TA)に力を入れさせるトレーニングからスタートすると良いでしょう。
動画内では、クライアント様の最低音に近い音域からトレーニングを行っています。
これは「声帯は低音発声時、輪状甲状筋の影響を受けにくい」と言う特性を利用しています。
輪状甲状筋は声帯をストレッチさせ、音程を作る筋肉で、高音発声時に特に強く使用されます。


輪状甲状筋の動きの動画。

逆に言えば、輪状甲状筋(CT)の影響を受けにくい低音部に的をしぼってトレーニングを行えば、甲状披裂筋(TA)の活性化/トレーニングにも繋がる可能性があると考えられます。

母音の音響特性を使ったトレーニング

「声を響かせる」事はシンガーにとって非常に重要な事である事はご存じの事と思います。
私たちは声帯の上にある共鳴腔(Vocal Tract)の音響特性の一部を母音として聞いていると言う事が出来ます。


左が、い・え・あ母音。 右がう・お母音。

舌の位置。唇・あごの開き方などで、声帯→唇までの空間形状を決定し、母音が生成されます。
母音はそれぞれ複雑な特性周波数を持ちますが、最も地声に影響を及ぼすのはF1と言われる周波数帯域と言われています。
(母音として認識するにはF1、F2最低2つ必要です。)

※フォルマントの表

おおざっぱな説明になりますが、F1の周波数が高ければ高いほど地声発声を行いやすいと言う特性があります。

※音声学を勉強した事のある方向けに説明すれば、
F1内に存在する倍音の数が多ければ多いほど、地声は強く聞こえます。

最下段のiy(い)母音は270Hz。(音程でC4とC#4の間くらい)
とすると、この表の中では最も地声発声に不向きな発音と考えられます。

上段から7つ目のae(あとえの中間)母音は660Hz。(音程でE5くらい)
この表の中では最も地声発声に適した発音と考えられます。

動画のレッスン内では、
「舌を出した状態でae(あとえの中間)母音で、低音域を強く発声させる」ところから開始しています。

実はこれが、ae(あとえの中間)母音を発音させて、声に「地声出してね!地声出してね!!地声出してね!!!」と言う命令を送っているのです。

まとめ

声は、筋運動ですので、生理学・解剖学。
声帯を振動させるので、空気力学。
声は空間(声道)を響かせるので、音響学。
音は物理現象ですので、物理学。
歌は技術習得ですので、運動学習。

いろいろな研究がボイストレーニングの世界においても役に立つ訳ですね!
今回は小難しく説明しましたが、地声の生成メカニズムをよく考えれば、ボイストレーニングのメニューはとても考えやすい物になり得るんだ!と言う事が分かってもらえれば幸いです!

こんな研究がされる何百年も前から、現代科学で考えても理にかなった方法論が数多く生み出されているのは、音楽家の耳の力。そして発想力のすごさに感動させられます!

この記事を書いた人

桜田ヒロキ
桜田ヒロキ
セス・リッグス Speech Level Singing公認インストラクター日本人最高位レベル3.5(2008年1月〜2013年12月)
米Vocology In Practice認定インストラクター

アーティスト、俳優、プロアマ問わず年間およそ3000レッスン(のべレッスン数は裕に30000回を超える)を行う超人気ボイストレーナー。
アメリカ、韓国など国内外を問わず活躍中。

所属・参加学会
Speech Level Singing international
Vocology in Practice
International Voice Teacher Of Mix
The Fall Voice Conference
Singing Voice Science Workshop

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